FAXがなくならなかった本当の理由
「FAXはもう古い」と言われ続けて20年。それでも企業間取引の現場から消えないのには、笑い話では済まない合理性があります。現場で見てきた「消えない理由」を書きます。
「まだFAXなんですか」と言われる会社に、私は何百社と会ってきました。そのたびに思うのは、FAXを使い続ける人たちは怠けているわけではない、ということです。
発注書が「紙で残る」ことの意味
企業間の注文には、あとから「言った・言わない」を裁く場面が必ずあります。FAXは送った瞬間に相手の手元に紙が残り、こちらには送信記録が残る。注文の証跡がその場で二重に確定する仕組みとして、実はよくできています。
電話は証跡が残らない。メールは相手が開くまで分からないし、迷惑メールに落ちることもある。FAXは「届いたことが物理で分かる」——この安心感を、多くのデジタルツールは長く提供できませんでした。
非同期で、相手の時間を奪わない
製造業や卸の現場は、日中ずっと手が塞がっています。電話は相手の作業を止めますが、FAXは止めません。
「電話は悪い。手が油まみれのときに鳴るから。FAXは黙って待っててくれる」
ある部品商社の社長の言葉です。非同期コミュニケーションという意味では、FAXはチャットツールの大先輩でした。
導入コストが「ゼロ」という強さ
取引先が100社あれば、100社それぞれに事情があります。新しい発注システムを入れるには、全取引先に説明し、アカウントを配り、操作を覚えてもらう必要がある。FAXはすでに全社にあり、誰でも使えます。
つまりFAXの本当の強さは技術ではなく、ネットワーク外部性を既に獲得し終えていることです。これに勝つには「FAXより楽」を全員に対して証明しなければならず、それは一社の努力では難しい。
「なくす」のではなく「要件を引き継ぐ」
FAXのデジタル化が失敗するときのパターンは決まっています。証跡・非同期・導入ゼロという3つの要件のうち、どれかを置き去りにしたときです。
だから私は、FAXをやめたい会社にはまずこう聞きます。「おたくのFAXは、何の仕事をしていますか」。それが言語化できたとき、初めて移行の設計が始まります。FAXは敵ではなく、要件定義書なのです。